マルヤナギ(株式会社マルヤナギ小倉屋)

よく働きよく学んで迎えた創業

尼崎出屋敷にある店に入店した柳本一夫の仕事は、店頭での販売と店の奥で塩昆布を炊くことでした。店主の永吉郎さんを手伝って懸命に働きました。そして、永吉郎さんも感心する早業の包丁さばきは、周りの人がびっくりするほどだったのです。1年後には大阪福島に新設された工場の責任者となって大阪へ卸売りを始めました。

その後、1年半の間に売上げは40倍にまで伸びていきました。小さい釜は、やがて大釜に変わり、配達も普通の自転車から、リムの太い大荷物を運搬するための大型自転車に変わりました。この大型自転車では、一度に1斗タル(約15kg)を12タルも積んで運べるように腕を磨いていったので、得意先の人からは「トラックさん」が来たと面白おかしく呼んでもらえるほどになりました。

工場のメンバーは、6~7人に増えました。みんな中学出の若造ばかりでしたが、品質と生産性は天下一品、親方から言われたことを素直にきちんとやり続けることで、小倉屋の看板に恥じない老舗の味作りができていました。

この店にお世話になって3年後、事業拡張の功績を認めていただいて、神戸市灘区の畑原市場でのれん分けを許されることになりました。いよいよ独立です。小倉屋居内商店で経験し得たのは、昆布を扱う技術だけではありませんでした。売上の大きな発展にともない部下が増えるにしたがって、実に多くのことが身についていきました。世の為・人の為に貢献しない限り利益はついてこない、ということも身を持って学んできたのです。そして昭和26年12月26日、マルヤナギ小倉屋は創業の日を迎えました。

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